完璧主義は「先送り」の原因——の巻

ざわめき

 完璧主義はマメな性格。
 一切手は抜かず、わからないことは徹底的に調べ上げ、一切の妥協を許さないという特徴。
 これは「キッチリしている」と捉えられ、良いイメージを持つかもしれない。

 だが、実は完璧主義はあまり良い性格ではない。
 むしろ、残念な性格。
 この完璧主義によって、時間、労力、チャンスを無駄にしている。

 「完璧」にこだわるあまり結局、本当にやらなきゃいけないことをやる時間やタイミングを失ってしまう。
 つまり、ひとことで言うと、完璧主義というのは、ストレスや先送りの原因。

なぜ完璧主義は「ストレス」や「先送り」の原因になってしまうのか——

なぜ完璧主義はストレスや先送りの原因になってしまうのか——

 じゃあ早速、完璧主義がストレスや先送りの原因になる理由を1つずつ説明していこう。

ストレス

 まずはストレスの原因になる理由から。

 結論:完璧主義というのは、ザックリいえば病気。

 もちろん、完璧にやらなきゃいけないことは完璧にやるべき。
 ただ完璧主義者の多くは「完璧にやらなくていいことまで」完璧にやってしまう。

 例えば、部屋の掃除、身だしなみの手入れ、勉強、メールなど。
 あげたらキリがないからこのへんにしておくが、こんなものは最低限やっておけばいい。
 最低限の清潔感、モラルを保っていれば良いし、勉強に関しても最低限でいい。
 いま必要なものだけインプットして随時調べればいい話。

 ただ完璧主義者はもう清潔であるのにも関わらず、

 「新品の時はこのくらい綺麗だった」
 「清掃、消毒はしたがワックスが足りないかも」

 などと、どんどん完璧を求めてしまう。
 もちろん、それが本当にやりたくてやってるならいい。
 自分の好きな趣味なら。

 でも、完璧主義者にとって、それらは「使命」。
 ゴールの見えない道をひたすら進んでいくような、果てしなき使命を自分に課する。
 完璧じゃないことが「甘え」「恥ずかしいこと」だと思い、次々と厳しいルールを自分に与えていく。

 そんな生活を送っていたら、本当にやりたいことができない、やらなきゃいけないことに使う時間がなくなってしまう。
 それは明らかにストレスの大きな原因。

先送り

 今度は先送りの原因になる理由を説明する。

 同様な理由。
 やりたいこと、やらなきゃいけないことをやる時間がどんどん減っていく。
 毎日、毎週、毎月必ず発生する「しょうがないタスク」に全力を注いでしまい、時間や労力を無駄遣いして消耗しちゃっている。
 結局、「時間がないから」とイイワケして問題、課題を先送りにしてしまう。

中途半端でいい。完璧主義から卒業しよう——

中途半端でいい。完璧主義から卒業だ——

 数年前まで、弊俺も、完璧主義者だった。
 だから気持ちはよ~~~~くわかる。
 完璧主義者にとっては「完璧」にすることが人生の幸福度を上げていく行為なのだろうと、そう強く信じ込んでいる。

 でも、そうじゃないんだ。それは勘違い。
 言ってしまえば、それは、愚かな言動。

 なぜなら幸福度を上げるために完璧を目指しているくせに、ストレスを大きく抱えて、時間を大きく無駄にしてしまっているから。
 中途半端でも、最低限にこなしていたら人生において困ることは1つもない。

 中途半端でいいじゃないか。むしろ中途半端がいいじゃないか。

恥ずかしくない。人生幸福度を上げるため、もっとラフにいけ——

恥ずかしくない。人生幸福度を上げるため、もっとラフにいけ——

 正直、傍から見ればそれらの完璧行動は「過剰」だ。
 完璧を完璧だとすら思っていない。

 もうハッキリ言ってしまおう。
 完璧主義者の愚かな自己満行為に対し、他人はこんな風に思っている。

 「正直お前のやってる「ソレ」全く気にならないし、お前が何やろうがどうでもいい」

 そりゃそうだろう。自分は自分で忙しい。
 他人のことなんかどうだっていい。

 ってことは

 「完璧じゃないことが恥ずかしい」

 なんてのは錯覚。
 その抱いている「恐れ」は、ただの自意識過剰な感情だ。
 誰もなんとも思ってないのに、見てすらいないのに、完璧を求めて時間や労力を削ってしまうその過剰な行動こそが「恥ずかしい」ではないか。

 もっと、ラフでいい。
 もっと、ふざけていい。
 怒られたっていい。
 自分の時間を、人生を無駄にするくらいだったら、完璧主義を卒業して、もっと自由にのびのびと生きようではないか。

 それでは、しばしの別れ。

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