botお爺ちゃん、語尾には必ずバター。

随筆

 塩ラーメン専門店、というか特化店。わりと界隈では評価されているらしい。妻と一緒に行ってみた。塩ラーメンを2人前、大盛りと並盛りで、注文。筋トレ後で空腹感がかなり強かったためミニカレーも2人前注文することに。
 店主が1人で営んでいるようだ。年齢は70半ばくらいだろうか。しっかりとお爺ちゃんだ。

 しかしこのお爺ちゃん、やたらとバターを勧めてくる。トッピングのバター1個50円を、頑なに勧めてくる。
「バター? バターは? いる? バター」
「い……らないです」
「大盛りも? バター。いるバター?」
「ぅうんいらない」
 どうしてここまで露骨にバターを勧めてくるのだろうか。この店は塩ラーメンにバターを乗せるのが常識なのだろうか。もしバター乗せバージョンに絶対的な自信がありバターがないと戦闘力が激しく下がると言うのであればはなからバターを組み込んでくるだろう。最初から。デフォルトとして。
 ていうかよく見たらメニューに『塩バターラーメン』あるし。わりとゆっくりハッキリとこちらは「塩ラーメン」と言った。開店してすぐ入店したためまだ他に客はいないから店内は静かだ、聞き取れないということもないだろう、リアクションから察しても。
 きっとこのお爺ちゃんはバターの《在庫》を多くかかえている。近いのだろう、期限が。消費期限が近いバターが大量に眠っているからあれほど露骨に勧めてきたのだろう、バターを。
 バターの勧誘をしっかり断ると、お爺ちゃんは調理場へ向かう。姿を消したと思いきやまた戻ってきた。「まさかまた始まるか? バターの勧誘。セカンドシーズン……!」と身構えていたら、どうやらそうではない。
「カレー。ちょっと時間かかるけど。大丈夫かい?」
 べつに急いではいないので大丈夫と答えたらまたお爺ちゃんは調理場へ戻っていった。

 塩ラーメンはまあまあすぐに来た。シンプルな塩ラーメンというかんじだ。少し濁っていて濃そうな見た目。
 割り箸を雑に割って、さっそく食べてみた。そして吃驚。この塩ラーメン……うんこくさい。
 麺……いやスープか、スープから来ているのか、この、うんこくささは……!
 何かの勘違いだろう、と、もうひとくち。しかし、やはり、うんこくさい。
 妻の方をヒョイっと見てみると、やはり異変を感じているようだ。目がそう訴えかけている。
 次第に、店内もうんこくさい。店内に漂う油と脂が混じったようなうんこくささ。これは我々の入店に伴い、沸かしたスープがお香すなわちフレグランスとなり店内をうんこくさくさせたのか。それとも自分がいま食べた塩ラーメンの余韻が脳に強くねじ込まれたか、それとも鼻の粘膜にどんぶりから上がってくるうんこくさい湯気スープが付着しているのか。答えはわからない。まさか聞けないだろう「うんこ入れてますか?」とは。店内がうんこくさいのは勘違いかもしれないし、勘違いじゃないかもしれないが、一先ずそれについて考えるのはやめておこう。
 問題はこの『うんこくさい塩ラーメン』をどうするか、だ。まだ大量に残っている。腹が減っているし、今から店を探すのは嫌だ。昼時だからどこも混んでいるだろう。待つ可能性がある。とりあえずもう少し食べてみたら「あれ、なんかクセになる……かも……!」となるかもしれない。
 そう思い、とりあえずちょっと息を止めながら頑張って塩ラーメンをすすり続けた。
 だがしかし、変わらない。しばらく経ってもクセにはならい。悪いクセは悪いクセのまま。このまま食べ続けていてはこちらまでもがクソになりそうだ。
 どうしようか、と狼狽えていたら、来た、ミニカレー。救世主、ミニカレー。経験論、カレーがまずいなんてことは確率的にかなり低い。「ふつー」はあるが「まずい」はこれまでの人生で一度もなかった。
 よし助かった。ラーメンは残してミニカレーだけで腹を満たそう。足りなければコンビニで何か小腹を満たせるものを買おう。ラーメンは残そう。残そう。
 だがしかし、この計画も上手くいかない。店主のお爺ちゃんは申し訳なさそうな表情をみせながら「ごめんね。1人前しかなかった」と宣告してきたからだ。
 まさかの1人前、だけ。まだ開店してすぐだというのに。カレーは昨晩の残りみたいなアレか。昨晩の残飯となったものを出すというシステムなのか、ここは。だとしたら気づくはずだろう、注文時に。もしくはもっと早い段階でこちらへその事実を伝えられたはずだ。なぜそれをしない。原因はなんだ。なにがお爺をそうさせた。
 嫌な予感がする。気のせいかもしれないが、このミニカレーがうんこくさい。ていうか、うんこに見えてきた。
 現在進行形でうんこくささは消えていない。ラーメンも店内もうんこくさい。だからこのカレーからもうんこくささを感じている。
 よりによってカレー。茶色。やっぱり、もう、うんこにしか見えなくなってきた。
 さきほどお爺ちゃんは「1人前しかなかった」と言っていたが、それは聞き間違えで、実際は「1人前しか出なかった」と言っていたのではないだろうか。出なかった、すなわち、1人前しかうんこが出なかった、そう言っていたのではないだろうか。
 まじか、まじなのか。そう考えれば考えるほどカレーがうんこにしか見えなくなってきた。
 カレーの上に地味にふりかかっている白い液体。これはなんだ。お洒落にみえるこのホワイトソースのようなものはアレか、鳥のフンか。茶色のうんこと白いうんこで、もっとうんこくささを演出してみましたみたいなそういうアレか、そういうアレなのか。
 だめだ。もう何かもかもがうんこに見えてきた。このお爺ちゃんのうんこが様々なものに使われているに違いない。70半ば、人によってはボケが始まっていても不思議ではない。塩ラーメンのスープにはお爺ちゃんのうんこが入っている可能性がある。この出された水もうんこを濾過して抽出した水ではないかと疑ってしまう。

 勇気を振り絞りうんこ、いやミニカレーを食べてみることにした。においを嗅いだらうんこくさくなかったので。さいわい、ただのカレーの香りしかしなかったので。1人前しかないから妻と半分こ。仕方がない。味は「ふつー」。レトルトカレーのような味。だがしかし安心。普通でいい。うんこくさい普通ではないラーメンを食べていたのだ。この普通のカレーが、むしろうまい。

 2人でこの普通のカレーを食べていると、客数が増えてきた。皆がメニューを見ずに頼む、塩ラーメン。そのたびに繰り出される、お爺ちゃんの「バター?」。誰を相手にしても必ず、バターの勧誘は欠かさない、バター勧誘員のお爺ちゃん。語尾には必ずバターをつける、そういう言語をもつ種族といっても大袈裟ではない。
 そんなバター勧誘員のお爺ちゃん、バターを拗らせ過ぎて、一度「あぁ……っと……塩バターラーメン! 1つ!」と注文してきた客に対して、条件反射で「バターは? いる? バター」と返していた。バターが乗ったラーメンを頼んでいるのに、バターを乗せるか聞くという、職業病というかバター病というか何というか。
 この時からもうお爺ちゃんは勧誘員ではなくbotにしか見えなかった。「バター」「バター?」「いるバター?」などと数種類あるバターパターンをランダムで繰り出すバターbot。もうなんでもいいのだろう。バターと言えれば、それで満足なのだろう。

 ミニカレーを食べ終え、ラーメンは残し、会計を済ます。
 田舎の個人店の年寄り店主あるあるかもしれないが、忙しい時はレジに来ない。「そこに置いといて」とだけ言って見向きもしない。本当にいいのかそれで、と思った半面、基本的には起きない食い逃げにリソースを充てるのも馬鹿馬鹿しい。だから合理的といえば合理的なのだろうとも思った。学んだ。

 とうとう、うんこくさいラーメン屋から脱する。外の世界。真夏の風が鼻を通る。どんどんうんこくささが薄らいでくる。爽快。
 案の定、物足りないから何かを買おうと、コンビニまで歩く。その最中、鼻の粘膜に付着したうんこくささはほぼほぼ消えた。爽快。

 コンビニ到着。この年は《新型コロナ大流行1年目》の年。マスクとアルコールの強要に店側は積極的。市販のよくあるマスクやポリウレタン布マスクに意味があるかないかなど、その当時はまだよくわかっていなかった。だからなんとなくでマスクをつけて、コンビニの門をくぐる。
 コンビニ内を歩き回り、2分くらい経ったころ。『ブレスケア』の飲み忘れに気づく。だがしかし、時すでに遅し。マスクの中は、うんこくさくて最悪だった。