長年の時を経て——。
むかし、小学生の頃、インスタント味噌汁が大好きで、よくすすっていた。母親や婆ちゃんの手作り味噌汁はそこまで好きじゃなかったけれど、インスタント味噌汁は本当に本当に美味しいと思っていた。今となっては「いや手作りのほうが美味いだろインスタントはインスタントくさいし」って思うけれど。当時はインスタント味噌汁を毎日頻繁に飲みたいと思うくらいに憧れを持っていた。
特に永谷園の『あさげ』には特別な憧れを持っていた。だいたいいつもお得用の12個で100円みたいなやつばかり買われていたから。それに比べたらあさげは少し高級な感じがしていた。現にちょっと値段が高い。それでも「たまにはいっか」と、あさげを買っていた事もあった。
でも自分はあさげよりも本当は『ゆうげ』が好きだった。とにかく味の濃いものが大好きで、砂糖も塩分も油も多ければ多いほうが良いと思っていた。ゆうげは味が濃いのでかなり好みの味だった。味噌汁界No. 1はダントツでゆうげだとリスペクトしていた。だから母親に「あさげかうならゆうげかってよ。おなじでしょ(価格)」とリクエストした事が何度もある。
でも母親も義理の父親も「あさげのほうが美味しいから」と子どもの欲望を後回しというか知らんぷりしていた。結局たまにたまにたまにたまにたまにしかゆうげを買って貰えなかったので、結果的に自分の人生の「ゆうげを最もすすりたい時期」にゆうげをたくさんすする事はできなかった。
ゆうげくらい買ってくれればいいのに。それほど経済状況が悪化していたのか、もしくはインスタントに嫌悪をいだいていたのか、もしくは両方か。聞いた事がないのでわからぬが、そのわりにはマクドナルドを頻繁に食べていたしポテチも食べていたしパチスロにもあいつらはよく行っていた。結局は自分らが好きに金を使いたかっただけなのだろう。たかだかゆうげ。買ってくれればいいのに。
ある日、母親に尋ねたことがある。「なんであさげとゆうげはあるのにひるげはないの? あと、よるげも。ないよね」と。母親は「なんでだろうね」としか言わなかった。つまらないから友人や小学校の担任にも聞いてみたが「たしかに(笑」としか言わなかった。どいつもこいつもつまらないなと思っていた。結局その理由がわかることなく歳を重ねた。24歳をこえた頃だったか、この事をふと思い出した。24歳の自分は「まぁべつに分ける必要もないのか。わざわざ。こまかく」と答えを着地させた。
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時は過ぎて2022年、最近ほんとうに自炊も洗い物も面倒で、味噌汁すら作りたくないなと思いネットスーパーでインスタント味噌汁を探していた。相変わらずお馴染みのインスタント味噌汁さんたちが並んでいる。あさげもゆうげも12個100円の安いやつもみんな並んでいる。そしたらまさかの。びっくり。驚き。ちゃっかり『ひるげ』が存在しているのだから。
もしかしたら自分が大人になりそれほどインスタント味噌汁に興味が無くなりアンテナを張っていなかったというだけで、何年も前から『ひるげ』が存在していた可能性はあるが。とにかく長年頑なに誕生しなかったあの『ひるげ』が誕生していた事にとても驚いたし、とても嬉しい気持ちになった。
でも嬉しい気持ちがあるというだけで、ひるげをカートには入れなかった。何故ならひるげは自分があまり好きではない『赤系味噌汁』だから。見た目の赤い味噌汁は好みじゃないしあまり美味しいと思わない。白味噌昆布ダシたっぷり味噌汁が好みなので。だが自分の中での《ひるげ問題》は解決したのでそれはどうでもいい。飲まなくたってべつにいいのだから。スッキリだ。これでスッキリだ。『よるげ』がないことに少々、心残りはあるが、この調子ならまたいつかよるげも出るだろう。出ないと思っていた『ひるげ』が出たのだから期待度は高い。きっと出る。きっと。気長に。気長に信じて待っていよう。
でも——まだ自分の中でスッキリしていない未解決問題が1つある。むしろ《ひるげよるげ問題》よりも深刻で大事な問題だと思っている。それは何かというと……『午前の紅茶』がないことだ。