ダイヤモンドダスト
札幌の大晦日。雪が積もり空気は冷たいがスーッとしていて気持ちが良い、そんな晴れの日のこと。買い物をしようと、西友へ向かっている。マンションから出てすぐ——ダイヤモンドダストが現れた。宙に舞う雪粒に太陽の光が入り混じり煌びやかに反射して眩しく美しく広がる。その姿はまさにダイヤモンドのようだ。
人生で何度目かはわからない。でもかなり久しぶりに見た気がする。ふだん綺麗なものを見っけても心の中で綺麗だなぁと思う程度なのに、このときは一瞬でテンションが上昇し、思わず「ぅおっ!! ダイヤモンドダストだ!!」と声を出していた。隣にいた妻はとくに驚きはしていない様子で、でも「綺麗だねえ」とは言っている。もしかしたら妻はダイヤモンドダストを知らないのかもしれない。だから教えてあげた。これダイヤモンドダストって言うんだよ、って。
西友につくまでの10分ちょいの時間、ダイヤモンドダストの話やオーロラの話をしたり「なんで夏は《陽炎》とかなのに冬はカタカナのかっこいい系なんだろうね」と名称についての話をしていた。その間ずっとダイヤモンドダストを探していた。「次は写真に収めよう」と見逃さないよう目を張っていた。
買い物を済まし、帰り道もずっとダイヤモンドダストを探していたが、結局あれっきり姿を現すことはなかった。
自宅に着き、日光浴や買い物やウォーキングの達成感、そこからくる疲労感、そしてダイヤモンドダストの余韻に浸りながら、とりあえずサササとルームウェアに着替えて、暖かい便座に座りホッとする。氷点下をこえた寒いところにいると高確率でおしっこがしたくなる。だから冬は帰宅するとすぐトイレに行きたくなる。
ふと思った。「どれくらい珍しいんだろう」と。だからダイヤモンドダストについてiPhoneでググってみた。結果、かなり珍しかった。氷点下10度以下&早朝&ほぼ無風&快晴&湿度が高い、これらすべての条件をクリアすることでダイヤモンドダストを見れる可能性が高まるらしい。詳しくはわからぬが条件のバランスが絶妙らしく、条件をすべてクリアしていても見れないことはあるとのこと。
とにかく《見れたら奇跡》と言われるくらいにダイヤモンドダストは珍しい現象だということがわかった。それと同時にわかったことがもう1つある。それは、おれが見たダイヤモンドダストは、ダイヤモンドダストではないことだ。明らかに条件が一致していない。ニセモノだ。ニセモノダストだ。ただの綺麗な雪をダイヤモンドダストだと勘違いしていたんだ。そしてダイヤモンドダストのことをよく知らずにダイヤモンドダストと言っていた。知ったか状態で「これダイヤモンドダストって言うんだよ」と妻に教えていたんだ。
トイレから出て、お湯で手を洗いながら、このことを妻に話した。「あれダイヤモンドダストじゃなかったわ」って。すると妻は「知ってたよ。だって——」と話し始める。どうやら妻は最初からあれがダイヤモンドダストではないとわかっていたみたいだ。おれが珍しく、あまりにも嬉しそうに、声に出してまでダイヤモンドダストに興奮しているから、その姿を見て「黙っておこう」と真実は棚にしまっておいたらしい。
結局おれが見て喜んでいたダイヤモンドダストはダイヤモンドダストではなく、ただの『屋根の上にあった雪が風で舞っただけダスト』だったらしい。そして冒頭では「かなり久しぶりに見た」と言っていたが、それは間違い。勘違いだ。おれは人生で一度もダイヤモンドダストを見たことはないだろう。でも1つ言えるのは、あの『屋根の上にあった雪が風で舞っただけダスト』は、たしかにおれを興奮させるほどに美しいものであった。だからこれは誰がなんと言おうが、おれにとってのダイヤモンドダスト。そういうことでいいだろう。