イニミニマニモ
どれを選んでも不安。
スーパーとかコンビニにある棚から、購入したい商品を選び手に取る時、1番前の個体を取りたくない。前から2番目、もしくはそれより後ろの個体を取りたい。
1番前の個体は、色々な客が手にしている。カゴに入れず、戻している可能性がある。2番目以降の個体と比較して、指紋や細菌の数が圧倒的に多く、つまりは不衛生。
さらに、落としている可能性がある。手に取る際に落下し、破損しているにもかかわらず店員へ報告せず、黙って棚へ戻し、無かったことにしようとする人もいる。だから不衛生に加え、商品として成り立っていないという場合もある。
ということから、1番前の個体は「選択しない」が無難。すなわち[1番目を取る=不安]になる。
かといって《1番奥にある個体》も安心できない。光が当たらず、不気味。風通りが悪い。
人の手が届き難い所だから掃除がし難い。よってホコリがたまりやすい。安時給のアルバイト皆が皆、丁寧に棚の奥隅まで拭き掃除を徹底するとは思えない。
そして前述同様、落下で破損した商品を店員に報告するのは面倒だが前方に放置して他の客が誤って購入してしまってはかわいそうだと思い、間をとって、1番奥の奥にぶん投げる人もいるかもしれない。つまりは1番前にあった個体が1番奥に移動しただけの最も邪悪で曰く付きの個体。その可能性が高い。
目視しづらい位置にあるということは、そのぶん管理も杜撰になるだろう。なんかなんとなく虫もいそう。
ということで、1番奥にあったとしても不安になる。
例外もある。1番前の個体が絶対悪とは限らない。
例えば、肉……牛ステーキ用の肩ロースにしておこうか。
牛肩ロースを選択する場合で、もう数が少ないとする。残り6個。
残り6個という個体の中から選択する時、他の個体がどれもこれも微妙で、むしろ1番前の個体が輝いて見える時がある。もしくは、輝いてはいないが、消去法により、1番前の個体が最も無難に感じる時がある。そんな時は、あえて1番前の個体を選びたくなる。
今回は牛肩ロース。脂や筋や赤みの面積、大きさ、分厚さ。
サランラップの張り具合、たるんでいたら却下。
何故だかやたらとラップの上から指圧されている個体は要注意。指紋や細菌はもちろん、穴が空いてる可能性が高い。
赤い汁、おそらく血液。これがパック内で多いと不安だ。見た目が不快だし、無事に漏らさず持ち帰るという地味に難易度の高い任務を遂行しなければいけないため、気がかり。むしろ既にトレイとラップの隙間から漏れかかっている個体さえある。こんな個体は論外だ。
とまぁ、こんな感じで様々なポイントのトータルで個体を選択する。そんな時、1番前の個体が勝っていれば、多少の躊躇はあっても、1番前を選び取る。
この不安症な性格が面倒くさい。パッと個体を選択できない自分に嫌気が差す。買う物が決まっているのにパッとカゴに突っ込めず悔しい。
経験値は年々と積み重なり、工夫次第で悩む時間を短縮する事は可能になったが、それができず「むしろ買わない」という事態に陥る時がある。
例えば、大量に並んでいたであろう商品が1個体しか無い時。これは怪しさプンプン。曰く付きの可能性が高い。棚の中で薄暗くなっている所にある孤独な個体。最後の最後まで選ばれなかった個体。
何の問題もない正常な個体の可能性もあるが、もともと1番前にあった《戻され過ぎた個体》の可能性もあるから危険だ。最も働き最も汚れて最も報われないこの個体を同情心で選択できるほど我が輩は優しくない。
だから1個体しか残っていない時は買わない。買えない。
「残り1個体」の時は気持ち悪いし当然手に取れないが「残り2個体」の時も中々に厳しい。
ただ、気分次第。どうしても欲していて、且つ、どちらかの個体に覇気を感じられれば快くして手に取るだろう。逆に、どちらからも覇気を感じなければ諦める必要がある。
いくら経験値を積み上げ、直感力に磨きがかかっていても、どうしても《すんなり》いかない時がある。
手に取っては戻し、手に取っては戻し、を繰り返し、最終的には1番最初に手にした物を再び手に取る、というやつ。
これかな、ちがうな、これか、ちがう、これ……いいけどもっと他にもありそういいの、と優柔不断を働かせる。だが突然に「……アレは運命の一手だったのかも……!!」とビビビと来て、結局は1番最初に選択した物をカゴに入れる。これを我が輩は『神のお告げ』とよんでいる。
[神のお告げを無視する=運命の選択を誤ること]、すなわち神への冒涜。こういう時は素直に初手(の個体)に従ったほうが無難。
ついでに、カモフラージュ作戦のことも話しておこう。
あまり“手に取って戻して”を過剰に繰り返してしまうと、周囲から怪訝な目で見られる事がある。何見てんだ他人の勝手だろという案件ではあるが、指紋や細菌を付けまくるのを嫌う人がいるし、できれば最小限なタッチで選択できたほうが自分も皆も見ていて気持ちが良い。すなわち穏便。
だけども、そう上手くいかないから困っているのであり、どうしても細かな物色が必要になってくる。
ということで、そんな時は《ひとりごと》を言う。
例えば「あぁ……汚れてる」「期限が、あぁ〜、きついな」などである。もしくは何も言わずに「スッー」と口で息を吸って前のめりになり目を見開き興味心身なふりをして聞こえるか聞こえないか程度のひとりごとをごにょごにょと言う。
このようなひとりごとや演技で怪しさを少し紛らわし「自分ではなく個体に問題がある」かのようにセットアップをして印象操作することが大事。このようなカモフラージュ作戦が他人の目を怪訝にさせない可能性を上げるのです。
色々と戯言を展開してきたが、稀に、ごく稀に、秒で《スパッ!!!!》と決まる時がある。何故かはわからないが、突然に「これだ!」と満足のいく選択を瞬時にできる。
しかも、そういう時は決まって、1番前の個体。あれほど嫌っている1番前の個体に嫌なオーラを感じず、すんなり手に取れるという現象。摩訶不思議だ。
《スパッ!!!!》と手に取り《シュッ!!!!》とカゴへ入れる。その瞬間はとても気持ちが良い。爽快だ。まるでMMAの試合で1R開始早々に飛び膝蹴りを人中に喰らわしてそのままパウンドアウトしてTKO勝ちした時のような爽快感だ。
さっさと不安症を治し、毎回《スパッ!!!!》と爽快感を味わいたいものだ。